井伊神社
長寿院(大洞弁財天)
龍潭寺の隣に鎮座している井伊神社、天保13年(1842)に彦根藩12代・井伊直亮が井伊家の始祖・共保の750回忌にあたり、遠州の井伊谷八幡宮から井伊大明神を分霊し、龍潭寺の参道脇に祀ったのが始まりです。平成25年、社殿は彦根市文化財に指定、現在、祖霊は社殿すぐ横の小さな新社殿に祀られています(写真5枚目)。 長寿院は、井伊神社すぐ横の参道を上がったところ、彦根城の表鬼門方向にあたる所にあります。弁財天像が祀られていることから大洞弁財天と呼ばれ、商売繁盛のご利益があるということで多くの人に親しまれています。彦根藩4代・井伊直興が厄除けと城を守る備えとして、日光東照宮を修造した甲良大工を使って建立、日光東照宮と同じ権現作りの優美な本堂は「彦根日光」とも呼ばれ、楼門からは正面に彦根城がよく見えます。建立の際、領内の武家・僧侶・町人・百姓に一人1文ずつの寄進を呼び掛け、寄進者25万9526人の名簿「大洞弁財天祠堂金寄進帳」が現存し、彦根藩領内に居住していた人名、家族構成が分かる貴重な資料になっています。
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ひなまつり (金曜日, 06 12月 2019 23:13)
領内26万人ものが寄進したこと、直興公の発願、どちらもすばらしい歴史上の功績に思います。
ただ、26万人にはどんな人がいて、どんな人生だったのかなぁと思います。これを本当の意味で
歴史というのでしょう。今、この現在、隣の人のことも正確には理解していませんので、昔のことなら尚更ですが(汗)わかりません。